太陽がいっぱい (1960)

美しい恋人と自由な生活を送るフィリップを見たトム・リプリーは、フィリップを殺し、彼に成りすます完全犯罪を計画する。ルネ・クレマン監督の「海の壁」に続く作品。アラン・ドロンが“天使の顔をした悪人”を演じるサスペンス・ドラマ。パトリシア・ハイスミスの同名小説をポール・ジェゴフとルネ・クレマンが脚色した。撮影をアンリ・ドカエ、音楽をニーノ・ロータが担当した。

監督:ルネ・クレマン
出演:アラン・ドロン、モーリス・ロネ、マリー・ラフォレ

太陽がいっぱい (1960)のあらすじ

定職にもつかずにいた貧しい青年トムは、幼友達フィリップの父親から、フィリップをイタリアから連れ戻すよう頼まれる。美しい恋人と自由な生活を送るフィリップを見た彼は、フィリップになりすまそうと殺人を計画する。

太陽がいっぱい (1960)のストーリー

貧しいアメリカ人青年トム・リプリー(アラン・ドロン)は、金持ちの道楽息子フィリップ・グリーンリーフ(モーリス・ロネ)の父親に頼まれ、彼を連れ戻すためナポリにやってきた。フィリップには婚約者のパリ娘マルジュ(マリー・ラフォレ)がおり、イタリアではナポリに近い漁村モンジベッロにマルジュと過ごすための愛の巣を所有している。その近くのマリーナには立派なセーリング・クルーザーも所有し、それに「マルジュ(号)」と名づけてもいる。フィリップを連れ戻せば報酬として5000ドルもらえる約束だったが、フィリップのほうはイタリアで自由奔放な暮らしを続けようとするばかりで、全く帰国する気はない。謝礼金を受け取ることが出来ないトムは手持ちの金がなくなってしまい、フィリップの金のおこぼれをあてにして彼と行動を共にせざるを得なくなる。フィリップに言われれば買い物や調理やハガキの代筆をするなど、まるで都合の良い「使い走り」のように扱われるようになってしまっており、「資産を持つ者と持たざる者」の境遇のあまりの相違を見せつけられるばかりで、実は内心嫉妬心や怒りにさいなまれるのだった。フィリップはトムを見下している。フィリップ、トム、マルジュの三人でクルーザーで海に繰り出したが、トムとマルジェはいちゃつくばかりで、トムはのけ者にされる。しかし、その後、フィリップの気まぐれから喧嘩したマルジェが下船して、船にはフィリップとトムだけが残る。そして、トムはとうとうナイフでフィリップの胸を刺し、遺体にいかりを抱かせキャンパスで包み、海に投げ捨てるのだった。

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